裏・飛び出せ妄想!


090926

プリンス×サンジで息子×母。



中学二年の秋の話。

「なぁ、プリンス!今日の昼飯は何だ?」
一時限目が終わり、短い休憩に入った途端、駆け足で寄って来たクラスメイトのルフィに教材を片付けながら視線だけを送る。
「てめぇ、開口一番がそれかよ。中身はナイショだ。折角かーちゃんがお隣りさんのよしみでテメェら兄弟の分の弁当作ってくれてんだ。飯の時間まで楽しみにしとけ。そんで蓋開けて驚いてかーちゃんに涙ながらの感謝をしろ」
「おう、そうする!」
しししと独特の笑い方をしながら、落ち着きなく弁当の中身を妄想するルフィにオウジは複雑な心境になる。

オウジの名は漢字を桜路と書く。オウジ→王子→プリンスという流れで今のあだ名がついた。
金髪碧眼超絶美形の容姿にぴったりしっくりくるので、学校内外、オウジの名を知らないものにもプリンスの呼び名で通っている。
母親の名はサンジ。漢字は珊而。街角レストランを切り盛りしながら男手一つでオウジを育てている。
サンジはれっきとした男であるが、オウジにとっては揺ぎ無き『母親』であった。
明り取りの窓から差し込む朝日に滲んだ包丁を手繰る背中や、掃除機掛けをしていて屈んだ拍子にVネックから覗かせる滑らかな胸元など、黙っていれば中性的にすら見える容姿はとても自分と『そっくり』とは思えない。親子だし特徴は引き継いでいる。しかし、自分はあんなにエロくはない。…と常々オウジは思っているのだ。
幼児期の喋り初め、教えても居ないのに何故か「ママ」と呼び始めたオウジにサンジは何度も「パパ」と言い直すよう教えたらしいが、ちっとも改善せず、物心ついてからもサンジを見れば「ママ」と呼んで、年代で言い方は変れど、一貫してサンジを母親として捉える考え方が矯正されることはなかった。
きっと生まれた腹の主よりも美人で優しかったからだとも、もういっそ生まれる前からこうなる路を選んでいたのだとも…。
いずれにせよオウジに認識を改める気は更々無い。

それが世間一般から見れば『おかしい』ということはオウジも重々承知していた。
幼稚園に通い始めた頃にサンジをかあちゃんと呼び周囲を驚かせたし、その後も悪童達が絡む口実にもされたからだ。
けれど、園児達の母親を見回してもサンジ以上の美人はいなかったし、オウジが広げる弁当以上に美味しそうな昼食を持ってこれる園児もいなかった。弁当を入れる巾着にはヒツジのアップリケが可愛く施され、上着のポケットに常備したハンカチも毎日清潔だったし、ティッシュは手作りのティッシュケースの中。ハンカチに入れる名前だってマジックで書き殴られたりせず綺麗に刺繍されていた。
こんな母親らしい母親がどこにいる。
オウジはいつだって誇らしく思っているのだ。
だから、昔も今も「男の親が父親じゃないのはおかしい」という代わり映えのない悪童達の悪態には胸を張ってこう答える。
「テメェらの母親より美人だから問題ねぇじゃん」
そしてお決まりの乱闘に突入し、殺人キックの餌食にされた悪童が親に泣きついて、結果サンジが呼び出されて頭を下げる羽目になるのだが。
同じ事を何度繰り返してきたか。


それはちょうど二年に入り一ヶ月が過ぎた頃の話だ。
その日もやっぱりオウジは学校で派手な喧嘩をやらかして、相手方の親共々サンジが学校に呼び出された。
「多勢に無勢のケンカに勝ったのは褒めてやる。でもな、結果の見えてる相手に一々反応するな。もっと言えば好い加減諦めてとーちゃんと呼べ」
「やだね、かーちゃんはかーちゃんだ。かーちゃん以上に美人で美味い弁当作れる女が現れたら考えてやってもいいけど、今のところダントツでサンジがかーちゃんだ」
「さりげなく名前で呼ぶんじゃねぇ!」
耳まで真っ赤にした『母親』の慌てぶりをオウジが『かわいいなー』と思いつつ眺めるのも毎度のことだ。
弁当云いのくだりなど、何だかんだいって親としてしっかりやれていることを直接口にされるのは嬉しいらしい。
(多分美人の部分はスルーされた)
それにサンジと名前で呼ばれるとからかわれていると捉えてしまう様で反射的にきゃんきゃん喚めくのも楽しいなぁと感じる。
喧嘩っ早さは親譲りであるが、感情の起伏の高低差はどう考えてもサンジの方が激しいとオウジは思う。
良く笑い、良く怒り、良く泣く。
冷静に世間をあしらい、悪童との喧嘩も母親とのスキンシップのきっかけにしてしまう自分とは、心の作りがそもそも違うのではないだろうか。そんなことをつらつらと考えながら、オウジは素直に頭を下げ「仕事忙しいのに呼び出されるようなことしちまってごめん」と謝った。
視界から外れたサンジも息を詰めた気配の後にふうと吐息をついて居住まいを正した。
「脚が早ぇのは俺の育て方のせいだ。仕方ねぇやな。風呂の支度してくっからお前も宿題やっちまえ」
顔を上げると「コーヒーのお代わり持ってくか?」と食後に置かれたカップを手にしダイニングチェアから立ち上がった母と目が合う。同じ瞳の色なのに何故か深い海の色を思わせる。以前鏡の中の自分のソレと見比べて母のほうが僅かに緑掛かっているのだと小五の時知った。
「持ってく」と返事をすると、口許に笑みを浮かべてキッチンへと歩いていった。
素直に謝れば母はこうして許してくれる。本当の本当に下らない理由でオウジが人に怪我をさせたことはなく、サンジもそれを良く理解してくれているのだ。信頼してくれていることがオウジは嬉しい。
「なぁ、かーちゃん」
「んんー?何だぁ?」
ちょっと甘やかす言い方は家事をしている時の安定した母の精神が表れている証拠。
特に台所に立っている姿はいつだって楽しげだ。
「久しぶりに一緒に風呂入ろうか」
「何ぬかしてやがるこのガキャァ!」
くわっと振り向いた母親の手元で母お気に入りのオウジ専用コーヒーカップがシンクとぶつかり派手な音を立てる。
「俺結構筋肉ついたぜ?息子の成長見たくねぇ?」
上げた腕に気合を入れて力こぶを作ってみせたが、
「はっ、誰が野郎の裸なんぞ見てぇかよ。とっとと部屋行け。コーヒーは持ってってやるから」
ちらりと視線を走らせただけで全く興味ありませんと言う具合にケトルを火に掛ける母の背中に、ちぇっと短く不満を投げた。


実は更にその三ヶ月前までオウジとサンジは当り前の様に同じ湯船に浸かっていた。母は小学校と同時に同伴入浴も卒業させたかったようだが、のらりくらりと誤魔化して男二人が入るには狭いバスタブで身を寄せ合っていた時間はオウジにとって至福の一時であったのだ。
母の肌は実年齢よりも確実にイキが良く、他の三十路の肌を知っている訳ではないが、周りに居る女子達と見た目は全く変わりないと言っても過言ではない。スッベスベのピッチピチである。普段は習慣で母の脚の間に身を落ち着け背中を預けるか向かい合わせで体育座りをするかであったのだが、最後に一緒に入浴した日は趣向を変えてオウジの脚の間にサンジを座らせた。オウジにとっては、「俺も割と大人なんだぜ。どーんとその背中を預けてまったりしてくれ!」という意思表示であったのだが…これが思わぬ事態を招いてしまった。
誇らしげに胸を張る息子に無邪気に凭れ掛かった母の背中が胸板に触れた時、ほんの少しオウジは動揺した。
ぴったりと、それはそれは吸い付くような感触だったのである。
ぶっちゃけキモチイイ?とか思ってしまって、流石に母から目を逸らしちょっと明後日の方向を向く。
「おー、結構胸筋鍛えたなー」と温泉に浸かるジーサンみたいに間伸びした声を聞き、ちょっと気分が落ち着いたオウジは普段はないシチュエーションに今更ながらに気付いた。
ああ、この体勢なら抱き締められるなーと思ったら手持ち無沙汰だった両手は自然にサンジの胴回りに伸びていた。
きゅっとしがみついてみた。
「お?」と声を上げた母の肩に頬も預けてみる。
身長の差はまだ頭半分以上あって顎を乗せるには少々きつかったから、落ち着ける姿勢を取ったらそうなったのだ。
入浴剤と石鹸の匂いに混じってサンジの肌から香る生物的な匂いが鼻腔を擽り夢心地になった。
ふわふわとした意識でモチ肌の滑らかさを堪能する。掌が無意識に腹筋の筋をなぞっていた。
「こら、擽ってぇよ」
間違いようの無い男声なのに密やかに笑う声音はどこか甘い。
極端な女性崇拝者のサンジは女の前では腰砕けのアホ男に成り下がってしまうが、こうして凪いだ感情のまま発する声は少し掠れていて大層色っぽい。男の色気というヤツが滲み出ているのだ。こんな声で愛を囁かれたなら女はイチコロだろう。
きっと自分はその結果で生まれたのだ。本当の母は遠い場所に居るらしい。生きていることは確かなようだが、詳しい事はオウジも知らない。僅かながら実母のことを語る時、サンジは切なげな表情を見せるので、二人は結婚すら許されぬ事情に引き裂かれたのだろうと幼心に察した。寂しさを募らせているならそれは可哀想だと思う。だがしかし今現在の状況はオウジにとって好都合でしかない。お陰でこうしてサンジを独り占めできるのだから。
「おい、オウジ」
少しだけ大人の音色に緊張が混じるのを心地よさに呆けた意識で聞いた。
右手の指先にある何かを弄りながら「んー?」と生返事を反した。
「指、どけろ。擽ってえ」
「んー」と好い加減な返答のみで目を閉じまどろむオウジには俯いたサンジの感情は読み取れない。
くるくると指先を遊ばせ、ちょんちょんと弾く。小さな蕾のようなそれは弾力があり押し潰してみてもすぐに立ち上がった。
「お前、好い加減に…」
言葉が終わる前に、オウジは趣くまま人差し指と親指でそれを摘み、捻り上げていた。
「んあッ!」
途端に跳ね上がった背中と悲鳴でオウジの意識も急激に浮上し「うおっ!?」と素っ頓狂な声を発して覚醒した。
「何だ?どうした、かーちゃん!?ゴキでも出たか!!?」
思わず手を離してバスタブを掴み、いつでも立ち上がって退治できる体勢で周囲を見回すも、湯気の向こうのどこにも黒く蠢く姿は見当たらず、自分の勘違いかとサンジの後頭部に目を向けた。
俯いたままの背中が不自然に震えていることにやっと気付いたオウジは慌てて湯船の底に膝をつき、身を乗り出して肩口から表情を覗き込んだ。
「…ち……」
「ち?鼻血でも出たんか?大丈夫か??」
オロオロと気遣う息子の台詞はスイッチを押してしまったようで、振り向いたサンジの頬は真っ赤に染まり憤怒の形相で牙をむいていた。
「誰が鼻血なんぞ吹くか!親のチクビ弄りやがって!!この馬鹿息子が!!!」
キシャーー!!と猫のように肩を怒らせた母の言葉にオウジは固まった。
チクビ? …乳首!? え、俺いま、かーちゃんの乳首弄…?
途端に遂今まで弄り倒していたもののぷくりと腫れた感触が指先に蘇った。
湯のせいばかりのせいでなく頬を染めたサンジの潤んだ瞳が自分を睨んでいて、オウジはくらりと眩暈を覚える。
じゃあ、さっきの悲鳴は。あの甲高い声は。
オウジの異変を察したサンジが身を引く間も無く、息子の息子は母の尾てい骨を叩いていた。

阿鼻叫喚地獄だったバスルームから、母の拳に殴り倒されたオウジがほうほうの体で這い出てきた時、脱兎の如く逃げ出していた母は既に寝室に引っ込んでいて、幾ら呼んでも出てきてはくれなかった。
扉の前で項垂れながらオウジは一連の出来事を反芻する。
サンジ本人はバリバリに自分を父親だと認識しているのだ。それなのに息子に乳首を弄られた挙句、チンコまで反応されたら居たたまれなくもなるだろう。
けれど、悪いとは感じつつもオウジはイマイチ反省しきれなかった。あの濡れた肌の感触も、肉の蕾の弾力も、一瞬の悲鳴だって五感にこびり付いて離れることはない。確実にオカズにしてしまう自信があった。
だって、仕方無いじゃないか。
…好きなんだから。
ちょっぴり泣きたくなって鼻をすする。
世間からは素敵に華麗なプリンスと謳われていても、想い人に対してはこんなにも無様になってしまう。

翌日は多少不機嫌ながらも朝食を作って弁当を持たせてくれたサンジであったが、それ以来一緒に入浴してはくれなくなってしまった。
当然といえば当然であるし、しつこく誘うと本当に怒り出して手が付けられなくなるので素直に身を引いているが、残念でならない気持ちはいつまでもオウジの胸に燻り続けている。


オウジは母親であるサンジに報われぬ恋をしている。
一つ屋根の下、誰よりも近くに居るのに、実る可能性は果てしなく低い恋だった。
それでも諦めようという気持ちが微塵も湧かないのは若さゆえか。



曖昧な返事をしつつ物思いに耽っているオウジの机脇で、隣りの席から無断で椅子を拝借したルフィが元気にくっちゃべる。
本当は忙しい母の手間や労力が他人の胃袋に消費されるのは全く持って歓迎できないのだが、ひょんなことから『空かした人間には食わせてやらねば気がすまない』御人好しの母に共働きで長らく兄弟二人きりの暮らしを続けているのだというルフィの宜しくない食生活と万年腹空かしの特異体質を腹知られてしまったから仕方が無い。お隣のよしみだとルフィと高等部に通う兄貴の弁当作りを引き受けると言い放ち、その日から増えた労働時間を意気揚々と消化していて、その姿がまた楽しげであるからオウジは何も言えなかった。これで無銭飲食でもしてくれたなら、何が何でも理由を付けて弁当作りをやめさせられるのに、兄貴のエースがきっちりと食材費を納めやがるので苦虫を噛み潰すしかないのだ。
「お、そういやさ、今日弁当貰った時さ」
思い出したように始った話の弁当の二文字に反応したオウジがちらりと視線を移すと、そこにはルフィの満面の笑みが。
「お前のかーちゃん見てたらチンコ勃った!」
悪びれもせずあっけらかんと言い放たれた言葉にオウジのこめかみがびきりと音をたてた。


この、


「人のかーちゃんにおっ勃ててんじゃねぇ!クソザルがあぁぁぁ!!!」



自分の母親にナニおっ勃てた自身の不祥事は高ーい棚に放り上げて、立ち上がり様に象すら弾き飛ばしてしまうのではあるまいかと言われる重い後蹴りをお隣さんのクラスメイトにぶち込んでやる。野生の勘で咄嗟にガードされるも教室の後の壁まで吹っ飛ばしてやったが、きっとけろりとして起き上がってくるだろう。少年らしい細身の体型に似合わず兎に角打たれ強いのだ。ルフィというヤツは。
チッと舌打ちして再びどかりと椅子に腰を下ろすと、案の定「痛ぇなー。イキナリ蹴ることねぇだろプリンスー!」と大して痛そうでない声と共に立ち上がる気配があった。さもありなん。

母は美人だ。息子の欲目だけで言っているのではない。それを裏付けるに値する腹立たしいエピソードが呆れるほどに多いのが現状なのだ。ぶーぶーと不満を漏らしながら歩いてくるルフィ然り。サンジのことを「サンちゃん」と呼び馴れ馴れしく接してくるエースも然り。商店街の親父やサンジが切り盛りしているレストランの客、仕入先の若造等等。
敵は多い。
しかも、『肉親』という要素で自分は決定的に不利な立場にある。
それでも、もしこの想いが叶わなかったとしても、絶対に母を泣かせるようなマネはしないだろう。何故なら。


俺はプリンスである前にかーちゃんだけのナイトだからな。


左腕を背凭れに預け、小さく上げた利き腕の右拳にグッと力を込めて決意を新たにするオウジの姿は、他者の目にちょっと見凛々しく映るが、男親に対してマザコンを貫く彼の事情を知るクラスメイト達は『見た目は最高なのに…』(♀)とか『話す分には良い奴なんだけど…』(♂)などと溜息混じりの眼差しを注がずにはいられなかった。