「暫くご厄介になります」



深々と頭を下げる少年を、キール、クラレット、カシスの三人はぼーっと見つめた。

無能な父親が魔王召喚などという身に余る儀式を強行し、挙句失敗して大怪我をしたと執事から連絡が入ったので、仕方なし様子を見に来てみれば。

大部屋の片隅で、包帯だらけの父に寄り添うほっそりとした見慣れぬ若者が、「ご家族の方ですね」なんてにっこりと微笑んで。

「僕はトウヤ・フカザキと言います。よくわからないけれど、貴方達のお父上が回復しないことにはどうにもならないみたいなので…」

聞けば、奇妙な雄叫びがどこからともなく響いた瞬間、強烈な光に包まれて、気付けば巨大なクレーターの中央にぽつんと座り込んでいたという。
そして駆けつけた執事と共に、このどうしようもない父親を病院まで運んでくれたのだそうだ。

顔を上げ、再びにこりと綻んだ少年のその清楚な魅力に、セルボルト家の面々は三者三様の思考回路で取り乱した。


不味い!僕には愛しいクラレットがいると言うのに!!
…と、胸を押さえるキール。

奇麗!シルターンのお着物を着せたらきっと似合うわ!!
…と、にんまりするクラレット。

素敵!召喚獣ってトコ除けば顔も背も理想通りじゃない!
…と、両目をキラキラさせるカシス。


一方の少年は、六ヶ所から一斉に放たれた灼熱ビームにたじろいでいた。顔を真っ赤にして荒い息を吐く青年に、妖しい笑い方をする女性。それに胸元で手を組む乙女ポーズで身を乗り出している少女…。放っておけば何時間でもそうしていそうで、慌てて青年の傍らにある鞄に手を伸ばした。

「お父上の荷物はこれですよね。それじゃ、お預かり…」

大分くたびれた感のある取っ手に指が掛かろうとした時、横から伸びたしなやかな手の平にやんわりと握り込まれる。

「あら、もしかして貴方、お父様のお世話をしてくれるつもりなの?」

思う侭の好奇心で、真っ先に行動に出たのはクラレットだった。
そのまま少年の手を目の前まで引き寄せ聖母さながらの清い微笑みを作り、「迷惑を掛けたのはこちらなのに」などと愁傷な言葉を吐いた。長女の性質を良く知る兄妹が心の内でそっと『思っても無いくせに』と突っ込んでも、面識の無い者は真に受けてしまう。
しかも、彼女の外面の演技は完璧なのだ。その精度は、百五十バームの紛い物を二百五十万バームで売りつけることに成功してしまうキールの営業術も凌駕すると言われる程で。

「ええ、付添い人用のベッドを借りれるみたいですし。以前入院中の祖父の看護の手伝いをしていたこともあるので、多分お役に立てると思いますから」

それに引き換え、訳もわからず巻き込まれたというのに、その原因となった儀式の首謀者の看護を引き受けようとする若者の何と誠実なことか。
そんなところにも惹かれたキールとカシスの心にはぱぁぁと淡い花が咲く。
ただ一人その華やいだ雰囲気に溶け込むことなく佇む執事だけが、『順応早過ぎやしねーか』とでも言いたげな視線を少年に向けた。勿論誰一人としてその様子には気付かない。元々糸目で更に無駄に気配を消す為、この執事の表情や感情が外部に漏れることは決してないのだ。

「優しいのね。でも、父の世話はセバスチャンがしてくれるから構わないの。寧ろその方が父も気兼ね無いと思うわ。だから貴方は、家にいらっしゃいな」

「え、でも、お邪魔なんじゃ…」

握られた手が解放されることはなく、女性の体温を覚え込んでしまった辺りで、漸くトウヤは自然を装って逃げる素振りを見せた。
クラレットは引き止めることなく両手を離す。しかし、ほっと息を吐く少年の頬がほんのりと赤く染まる様を見つけ、先程とは比べ物にならない程清らかな(見る者が見れば黒々とした)微笑を浮かべた。

「邪魔だなんて。貴方をこの世界に引きずり込んでしまったのはこのボケ…、いえ、私達の父なのよ。全ての責任はこちらにあるのだし当然だわ。だから、遠慮はいらないの」

ねぇ、みんな?

同意を求める眼差しが妖しすぎる程に座っていて。

びくぅ!

取り巻きと化した兄妹は青褪めた。
だらだらと嫌な汗を流しながら、必至になって思考を巡らせる。

やばい。
この顔、クラレットは本気だ。
このままでは今夜にもトウヤが喰われてしまう。

…喰われると表現しつつも、実際のところ二人はクラレットが異性とどんな付き合い方をしているかを知らないのだが。
取りあえず、一度彼女の部屋に泊まった男は二度と姿を現さないので、きっとヤバめな占い儀式に付き合わされるのだとか、実は物凄い絶倫で精力を根こそぎ奪われて使い物にならなくなってしまうのだと勝手に想像している。
彼女の部屋に足を踏み入れた他人が一様に怯えた形相で帰ってゆくのは事実であるし。

行き成りこんな危ない女にお持ち帰りされるのはいくらなんでも可哀相だ!

「ぼ、僕の名前はキール。長男でウチの家計を預かってるんだ。料理も得意だよ!」

「アタシは末っ娘のカシス!獣属性の召喚術が得意なの。彼氏募集中よ。よろしくね!」

想いを寄せるキールの目からしても彼女は充分に『危険な女』。
同性のカシスなども女の本能が警鐘を鳴らしまくっているのをひしと感じている。
図らずも同様の危機感から二人は戦線突入を決意した。

「う、うん。よろしく…」

ほぼ同時に詰め寄られ手まで握られたトウヤが身動きできずに固まっていると、既に主導権を握りつつあるクラレットがその背中をそっと押した。

「長女のクラレットよ。今日は出てしまっているけれど、もう一人、次男のソルがいるわ。さぁ、行きましょう。色々と身の回りの準備をしなければ」

パジャマは何色がいいかなぁ…などと和んだ雰囲気で退出していく兄弟も、彼等に土産状態でお持ち帰りされてしまっている少年も、全身怪我と包帯で身動きの取れぬオルドレイクが一人はらはらと涙を流していたなどとは知る由も無い。

子供達よ、一体何をしに来たんだい?

外れた顎と擦傷で口も殆ど動かせず、存在を訴えかけることすらできない主人に、忠実な執事だけが何度目かの涙を拭った。






                                    更に続いてしまうらしい…  TOP