少年がはぐれ召喚獣の親玉と対峙している頃。
森の最深部にじっとりと構える古ぼけた洋館では、一人の少年を囲んで少女と女がやんややんやと大騒ぎをしていた。

「だーかーらー!トウヤは私の部屋で寝れば良いじゃない!クラレットのマットじゃ狭いし、図体のでかいキールと同じ部屋だなんてもっての他だし!!」

「あら、お布団を二枚敷いて寝れば平気よ。ちゃんとお客様用の新品を用意してあるわ」

「あんなの人間のスタイルじゃないわ!床に直接マットを敷くんでしょ!?おっかしいわよっ、訳わかんない!」

「貴方の無駄なフリルと天蓋で装飾された幼稚なベッドよりはずっと安眠できると思うけど?」

「何ですってぇ!幼稚って何よ、幼稚って!このオバサン!」

「ふふふ、可愛らしいわね、ほっぺが真っ赤なリンゴのようよ?」

「まん丸で悪かったわね!ムカツク!超ムカツク!」

どうやら、二人は降って湧いたお土産物(トウヤ)の部屋割りを巡って争っているらしい。幼気な少女も年上の美女も少年を何とか自室に引き込もうと躍起になっているのだ。しかも、二人とも挟まれて立つ少年の両腕を掴んで胸を押し付け、ぐりぐりと密かなセックスアピールを行っている。
少年の顔が真っ赤で泣き出しそうだ。相手がか弱い(と、少年は信じている)女性等相手では強引に振り解くこともできないのだろう。

「あ、あの」

「さっさと魔女の館へ引っ込めば!?変な呪文でも上げてなさいよ!」

「貴方こそお部屋に戻って妖精さんとお話でもしてなさい。出るんでしょ?半透明の召喚獣でもはぐれでもない妖精さんが」

「そ、そんなの今関係ないじゃない!」

屋敷の左中央に位置するリビングで、暴言の応酬はかれこれ三十分続いていた。
それを一歩離れた場所でオロオロと見守る青年がちらりと壁に掛けられた時計を見上げる。
事前に聞いていた予定ではそろそろ次男坊のソルが帰宅する筈だ。

早く、早く帰ってきてくれ!ソル!!

藁にも縋る思いでキールは祈った。
論争を開始してものの三分で「男同士なんだからトウヤは僕の部屋に」という最もな意見を却下されたキールは、打開策としてひたすら第三者の介入を待っていた。
このままではこの積極的過ぎる妹のどちらかに一目惚れの相手を容易く奪われてしまうだろう。そして、万が一関係などを持ってしまったりしたら、この見るからに真面目な少年が責任を感じない訳がないし、例えそうならなくともこの強かな妹達は強引に少年を陥落してしまうに違いないのだ。
今だって二つの女体に揉まれ心底困り切った哀れな表情を見せている少年に、キールは何度も自責の念に囚われる。

ああ、トウヤがこんなに困っているのに、僕は何もできないなんて!

今にも壁に頭を打ち付けてしまいそうな長男は、父親の自虐的な性質をちょっぴり受け継いでいるようだ。

「そ、それよりも!!!」

そんな緊張状態を打破したのは、今現在渦中のど真ん中にいる少年自身だった。

突然張り上げられた一声に両脇を固めていたクラレットとカシスは目を丸くした。
そうして拘束が緩んだ隙に抜け出した少年が一息吐く間も無く続ける。

「先に着替えさせて貰えないかな。僕の服、この通り土塗れで色々汚してしまうから」

やっとの思いで訴えたトウヤを見つめる瞳は、又もや三者三様だった。

トウヤが解放されて純粋にほっとしているキールと。
明らかに何か思うところのありそうな、にんまりとした笑みを浮かべるクラレットと。
ごめんなさいといった感じでしゅんとしてしまうカシスと。

「そうね、うっかりしていたわ。ごめんなさい。すぐに適当な服を見繕うわ」

長女の言葉にいち早く反応したキールが嬉々として、「じゃあ、僕の服を貸…」と最後まで言い切らぬ内に、クラレットがトウヤの手首をしっかりと握った。
兄と妹と少年が「え?」と思う間も無く、少年を連れて女は歩き出す。

「貴方に良く似合いそうな衣装なら山ほどあから、安心して?奇麗に仕上げてあげるわ」

「き、奇麗にって?」

不可解な展開の緊張感から発汗する少年が引き摺られるように遠ざかってゆくのを、次女と長男は呆然と見送った。脈絡のない展開に脳が追いつかないのだ。

「そ、そのまま“いただきます”なんてならないよね」

「た、たぶん、そこまでは…」

暫し黙っていた二人は、どちらともなく最凶最悪長女と哀れな子羊たる少年の後々を探るべく歩き出した。
危機的状況に陥り哀れな悲鳴を上げる少年を間一髪で救い出す己の勇姿と、その後の都合の良い展開を妄想しながら。
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