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ぐずぐずに歪んだ思考で男だけを視ている。
不完全な肉体で生まれ、それでも尚雄とは対極にあったが為に理不尽な暴力に捻じ伏せられてきた己の性を思いながら、ナミはサンジの媚態を見つめ続けた。

時折脳裏に蘇るのはナミを見下し蔑んだ男達の記憶だ。ナミの身体を打ち捨て、不味いと吐き捨てた輩。見た目だけだと哂った者共。
ソレらには屈辱以上の仕返しをしてやってきたから今更恨み言を吐くまでも無い。そんな馬鹿共以上に、ナミは己の肉体こそが憎らしくてならなかったのだ。散らされるだけ散らされて、愛されたいと願う者とは同調できないもどかしさだけが蓄積されてゆく身を、ずっと一人きりで持て余し抱えてきた。その内、身体も心も開けなくなって、密閉された空間で欲求はヘドロの如く淀んでしまった。
その経緯を初めて悲しいと感じる。
こうして、感じ入るサンジへの欲にのめり込む己を目の当たりにして、これまでの深みを覗き込む事無く遣り過ごしてきた日々に己は到底納得などしていなかったのだと漸く理解した。


一つになりたかったんだ。私だって、相手を愛してやりたかった。


感じたかった−−−。



許されることは無いと諦めていた世界の扉が開かれたのだから、いやが上にも興奮は高まる。一方的に支配する状況は最善とは言い難いが、それでも滞っていたヘドロは急速に排出されつつあった。その流動に伴う開放感に頭の芯が痺れる感覚すら心地よく。

全てが許される最良の相手を、ナミはやっと見つけたのだ。


「う、んん、んっ、あ!」


嬌声に精神も昂ぶり、腹の奥のほてりが急速に質量を増す。
心の冷めゆく気配すらない事が何よりも嬉しい。


「ああ!!」


これまでとは違う、四肢の筋をぴんと張らせた硬直に達するサンジを感じて、ナミの身体にも緊張が漲った。
どんなセックスでも感じたことのないエネルギーが、全身の経絡を駆け巡る。

呑まれているだけなのかもしれない。

それでも良い。

本来ならば生殖器官への外的刺激によって齎される為、決定的な欠損を抱えたナミには知りえなかった熱であった。そして、今それを発生させている源は間違いなく目の前の媚態であり、その激流を肉体と精神の全てで受け入れているのだ。
嵐の空に聳える避雷針の如く快感を傍受する男がナミに欠けた性感帯となり、目に見えぬ経路でもって快楽を伝染させる。それは陰茎のみで交わっていたこれまでの相手では在り得ない形態であった。

「く…っ!」

喚き散らして発散させてしまいたくなるのをぎりぎりと奥歯で噛み殺し、獣の如く低く唸りながら、ナミは荒れ狂うものをやり過ごした。


まだ、だ。

まだ、終わらせたくはない。


強すぎる快感を生じさせてしまう会陰部から離れ、未だ硬直してびくりびくりと震える男の顔を正面に捉える。
観察する男の表情に弛緩は見られず、まだ絶頂までは迎えていないのだと知り先伸ばされた終焉に安堵するも、細い顎に掛けた指が酷く緊張したままであることに気付いて小さく舌打ちをした。



己の息まで湿っぽく艶めいたのは計算外であった。
それでも、この感覚は、悪くはないと思う。

敵対者に挑みかかる寸前の挑発的な笑みを浮かべて、荒い呼吸を繰り返す男の面を己に向けると、先程とは比にもならない暴力的なキスを薄い唇に施した。

男の身体が跳ね上がった。

弱い上歯茎を嬲り、逃げ惑う舌を絡め取って強く吸う。

眼は閉じず、男の全てをつぶさに網膜へと焼き付けてゆく。

長い睫の端から零れる雫が、柔らかな光を弾いて美しかった。

彷徨わせていたもう片方の掌でもって、硬く立ち上がったままの乳首を包み込み、胸ごと厭らしく揉み込んだ。
女の乳房ほど柔らかくはないが、胸筋の表面で引き連れる皮膚の感触は心地良い。それに思ったよりも硬くはない。
指先でしこる蕾を押し潰し、そのまま押し込むようにぐりぐりと円を描く。

「ひぐっ」

頼りない呻き声は可愛らしく、何よりも感じてしまって堪らないのだと語る表情がナミを高揚させた。
首筋を反らして耐える姿も非常にそそる。

「や、もぅ、触らな…っ」

「私、サンジ君の声って好き」

だから、もっと啼いて。

耳元で吐息混じりに囁けば、むずがり肩で遮る男の反対側の首筋をそっと撫でる。それに驚いて縮まる身体に笑みが漏れた。両手を戒められた男に身を守る術はなかった。放置された自由な脚は、男自身が見えない枷を嵌めてしまっている。激しい硬直を見せてから先、最後の砦を崩されたが如く、より一層の反応を示す男の身体に、何か快楽を呼び覚ますスイッチでも入ってしまったのではないかとナミは思った。男はどこを触られても…直ぐにでも絶頂へと駆け登ってしまいそうだ。

「ああっ!」

きつく乳首を引っ張っただけで男は硬く強張り、尚も緊張を続けている内に、身体の震えが激しいものとなってきた。
椅子に括りつけられた両手は間接も白く握り締められ、矢張りぶるぶると震えている。

流石に、ナミも男の病的な痙攣を不信に思う。

男はただ何も無い中空を必死な形相で見つめていて、碧眼には何も映してはいないようだった。

「サンジ君?」

少しだけ瞳が揺れて、また涙が零れ伝う。
なのに、ナミを見ようとはしなかった。

今はただ、本当に心配で名を呼んだのに。

この男が、自分の問いかけに答えないなんて。

己に意識を向けさせようとむきになって胸部の敏感な固まりに中指と親指の爪を立てるが、それが返って男を正常とは一線をかく彼岸へと遠ざけてしまうようだった。只管強張る肉体への負担は相当なものなのか、遂に悲鳴も聞こえなくなった。