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仕立ての良いスーツの右の合わせに手を掛け一気に左へと解放する。
金の留め具は当然の如く弾け飛び、鈍い輝きで弧を描きつつ床にバウンドして転がって、男の長い前髪の狭間から覗く片目がこれ以上ない程大きく見開かれた。そして、無残に分かたれた胸元を呆然と見下ろす。こんな乱暴な真似をされるとは思っていなかったのだろう。
「このスーツ、特注だったかしら。それじゃあマズイ事しちゃったかな」
微塵の後悔も含まぬ口調で、ナミは男の両肩からスーツを剥き、ぐいっと上腕部に降ろしてしまう。そのせいで上質な生地は随分な皺となってしまったに違いない。千切れたボタンの数を考えても、元通りの状態に戻すにはそれなりの労力が要りそうだ。尤も、労力の源は男自身であろうし、ナミにはどうでも良いことなのだが。
邪魔なスーツが半剥きの状態になり、薄手のシャツを一枚纏っただけの痩せた肩にナミのたおやかな掌が撫でるほどの加減で舞う。首、鎖骨、大振りな椅子の肘掛の外で腕を戒められたが故に、無防備に開いてしまった両脇。薄く割れた腹筋。
先程しつこく弄った箇所は、業と周囲を無作為に撫で回すだけに留めてやる。食事に例えるなら、前菜のサラダにドレッシングを絡める段階とでも言おうか。
それでも、僅かな時間で男の息が上がり始めた。
性感帯には触れてもいないのに、吐息は湿っぽく零れ落ちる。
想像以上にはしたない身体だ。
快楽に対する抵抗力の弱さを自覚しているが故に、接触を拒むのだろうか。
男の表情は精神的な苦痛と肉体的な快感がせめぎ合うのか辛そうに強張っていた。声を上げまいと歯を食い縛る様が、余計にナミの残酷な一面を刺激する。
あの上擦った悲鳴を聞きたい。
眇められた琥珀色の瞳に、歪んだ輝きが増した。
薄っすらと汗の浮いた首筋に顔を埋め、唇での愛撫を施しながら、男の限界を探るが如く乳首にだけは触れずに五指を彷徨わせる。曖昧な焦らしであるが、この肉体には有効に違いなく、未だ被服の上からの愛撫であるのにびくりびくりと、陸に打ち上げられた活魚の如く良く跳ねた。
弱点を探る過程は、思ったよりもナミに愉悦を齎した。
耳朶。耳孔、顎のライン、動脈。
舌先で擽り、舌体でねっとりと舐め上げる。
口なら唇や舌を食み、上歯茎の中央部に舌尖を押し付けて弄れば、効果は覿面。そこは性感のツボで、下半身の会陰部へと通じているのだ。特にこの男は其処が弱いと踏んで攻めてやると、案の定腰に妖しい震えが生じ始めた。しかし、本来ならばこれは単なるキスのテクニックでしかないし、初期のペッティングで使用しても性感帯に触れる程の刺激にはならない筈である。以前、兵と驕った男の腰を砕いてやった時にも用いたが、それは男の方も乗り気だったから上手く作用したのだ。結局はムードと気分に左右される部分が多い。
現在ナミに口腔を犯されている男は、合意に足らぬ性的接触でありながら、股間を撫で上げられたかの様な顕著な反応を示している。
内部を。それも、かなり開発されている証拠、なのか。
若しくは、強姦されることに慣れているのなら、条件反射の現象として頷けるのだが果たして。
どちらにせよ、プライドが高く脚癖も悪いこの男に当て嵌めるには、甚だ疑問が残る想像ではあった。普段同性と向かい合う姿勢は、上から見下すか猫背の姿勢でガンを飛ばすか。そんな男が、生白い脚を開いて今目の前でみせているように切な気に震えるなど、容易には描けない。否、この男と同性という絵図に違和感を感じるのだ。
それは、今こうして男を嬲っているナミ自身を添えるよりも非現実的に思える。
この淡い色彩と鋭利な印象の体躯に汚らしい野郎の裸が交わる図なんて、正直見たくも無かった。
ナミはこれまで同性愛を否定する思想を抱いたことはなかったし、逆に特別惹かれることもなかった。同じ次元でアナルマッサージを用いて男を昂ぶらせてやろうと考えたこともない。それらは知識の奥地に息づくものであるし、そんなマニアックな方向に探究心を向ける以前に、熱を持て余すこともない肉体に己の快楽を追及する術を閉ざされてしまっていたのだから。
故に、偉そうな男を陥落させる舌技以外への関心は薄く、非常に淡白ものであった。
けれど、このサンジというフェミニストが、何故そんな部分を敏感にしてしまったのかはとても気になる。
それとも素質だけでも、これ程感じてしまうものなのだろうか。
不感症のナミにわかる筈もなかったが、知りたいと望むのならば、それだけナミにとってサンジという男は興味深いのかもしれない。
可愛いなどと形容してしまう位なのだから、多分そうなのだろう。
脳内で自問自答しながら、ナミは男を甚振り続けた。