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ナミの嬲る言葉にサンジの金糸がぱさぱさと舞う。
「嘘吐き。指がちょっとでも乳首に近付くと、視線が釘付けになるわよ?触って欲しいんでしょ?」
耳元でエロティックに囁いてやれば、涙の薄幕を張った碧眼は違うとばかりにぎゅっと閉じられた。こんな時、快楽を知らないナミ自身ならば、ただ只管不快に眉を潜めるだろう。したたかな女であれば、逆に艶かしく誘って男の直情を促しさっさと欲を吐き出させる。海で生きる女は強い。性欲を当然のものとして受け入れなければ陸を離れた生活など続けられないのだと、ナミが八年の歳月で出会った幾人もの女達は知っていたのだ。
そのスキルを男は全く身に着けていなかった。
男性だから?
つい一昨日までなら、…同じ状況にあったとして、そんな理由で納得できただろう。
だが、今は単に幼稚な観念を捨てきれない甘ったれなのだと言い切れる。
こんな厭らしい身体をしている癖に、何にも知らない顔をして。
本当にムカツク。
「そう?仕方が無いわね…」
諦めの言葉を吐きつつ寄せていた上体を起こし、男から安堵を引き出す。
開きゆく距離感に男が吐息を漏らし弛緩した瞬間。
ギリギリ触れずに保っていた左右三本ずつの指でぷくりと起った乳首を抓み上げた。
「ああ!」
緊張の解けた声帯から悲鳴が漏れる。
はっと見開かれる瞳に動揺が走っても、もう遅い。
ナミの可憐な容貌に、凶悪な笑みが浮かんだ。
「やぅ、く、んん!」
散々焦らされた其処は、ダイレクトに快感を捉え、捻る動きを繰り返す指先にも痙攣にも似た振動を伝える。
卑猥な肉体が、奈落へと墜落してゆく予感に満ちる。
このまま、いってしまうのではないだろうか。
幾等何でもありえないと思いながらも、潤んだ瞳の余裕の無さに、その思考は強ち間違ってもいないのではと感じた。
指先で上下に弾き。
摘んだ複数の指を上にスライドさせて優しく撫で上げ。
ナミは下着の上から女の陰核を弄る淫靡さを味わった。
「んっんんっん…っ」
必死に抑えられた声は思いの他高かく、男声ではありながらも引き結ばれた唇の内でくぐもる音は中音域で震える弦の如く頼りない。如何に性的な興奮に掻き乱されているかがとても良く表れていた。時間を掛ければ本当にオーガズムに導けるかもしれない。そんな観測をナミに齎す。
それでも、ナミはより先のステップで示す男の反応を知りたくて、こんなゲームを始めたのだ。
ここで、遊び倒してしまうわけにはいかないと心得ていた。
左の指先は乳首に残し、右手を腹筋の下へと持ってゆく。ベルトを通り過ぎ、トラウザーズのジッパーへと降りた。
詰められる息に、崖っぷちに立たされた男の心境を知る。
…しかし。
−−−まだ、断崖絶壁より手前。爪先も出てないわ。
指の腹で哀れにも膨らんだ中心を掠めて、更なる深みへと突き進んだ。陰嚢を潜り、左膝が立てられている為に通常よりも上向きに晒された会陰部…蟻の門渡りの中心をゆっくりと…。
そこで、止めた。
男の表情から、さっと色が抜け落ちる。
愉悦が一層膨らんだ。
「どうしたの?ココを弄られるのは嫌?」
強張った様相で男は頷いた。言葉すら発せぬ姿に怯えが滲んでいる。
恐いのね。
「そう」
制御の利かない頬筋に口角が大きく釣り上がってしまい、ナミは己の面がどんな表情を乗せているのかが少しだけ気になった。きっと、醜い笑い方をしていることだろう。自分で向かい合ったなら、嫌悪せずにはいられないような。
わかっているけれど、無理。止められない。
「じゃあ、良い声で啼いてね」
右手の中指を布越しに押し込み、丸みを帯びた内性器の形を捉えて、強引に撫で付けた。
「くう…っ!!」
覚悟の時間を与えてやった為に第一声が派手に上がることは無かったが、稲妻に貫かれたかと思わせる震えが全身を貫き、仰け反った首筋の筋肉に強い負荷が見て取れた。
中指に人差し指を沿え、布とその下の皮膚ごとぐりぐりと弄る。
形をなぞり、上下に、左右に、円を画く様に。
時には指先でリズミカルに叩きながら体内へとダイレクトな振動を与え、男の肉体の好みを探った。
こんな部分で男性が感じる事が出切ると知ったのが前夜であった故に、ナミは殊更注意深く未知なる技術を施し、男の反応を観察する。
偶然が、こんな凶事を招く事もあるのだ。
ラウンジの前を通りかかったナミと、その扉の向こう、食卓として使用される大テーブルに掛かったクロスをぐしゃぐしゃにして縫い付けられた痩身と、二本の細腕を容易く纏め戒めていたあの男と。
あの時刻、あの瞬間に三人の時間が交わってしまったが為に生まれた淫猥な絵図を、ナミはより一層毒々しく塗り潰そうと試みている。
薄い色彩でもって形成されているこのサンジという男が、己の手によって暗く淀んだ色相へと染め上げられてゆく愉悦にナミの精神は囚われた。