最近さぁ、サンジ君って矢鱈狙われると思わない?
ええそうね、この間上陸した時も市場で…。


二人はエースを空気の如く無視して勝手に会話を楽しんでいる。
ここまであからさまに締め出されるとは考えてもみなかったので呆れ半分で彼女達の有閑風景を眺めた。
人好きされる性質だと認識していたからこの扱いはかえって新鮮だ。


コックさんお尻を弄られてたわ。


ぶっと思わず紅茶を吹き出す。
平然と語る女の真意が測れず凝視した。そんなマネは先程底冷えする視線でエースをねめつけた女に許せる筈が無いだろう。
当然の如く航海士も憤慨した。

何やってんのよあの馬鹿!大方珍しい食材に気を取られて注意を怠ったのね。アンタも黙って見てたんじゃないでしょうね!

一頻り被害者の無自覚を批難した後、報告した考古学者にも噛み付いた。口を開いた姫君は少々騒がしい。

彼も両手に荷物を抱えてたし、兎に角酷い人込みだったのよ。声を掛けようと思ったんだけど、真っ赤な顔で悔しそうにしてたから…。

ああ、痴漢の現場をこの美女に押さえられたと知れば、格好つけの彼のことだ。相当落ち込むに違いない。それも少し酷に思える。
まだ僅かな時間の接触でしかなかったが市場で擦れ違う女性や目の前の美女達に対する彼の態度を見ていたエースは知った顔で聞き耳を立てた。

かなりのコトされていたわ。ちょっと口にするのは躊躇ってしまうくらい。

そう言って指先でわざとらしく口許を抑える女に、少女はずいと身を乗り出す。

ちょっと、そこまで言って隠さないでよ。気になるじゃない。
でもあんなことまでされたコックさん…。
可愛いかった?
ええ、とても。

おいおい。
頭を抱えたくなった。幾ら何でもこの会話は可笑しいだろう。
同じ船の仲間が、しかも想い人が痴漢に遭遇したというのに、何故きゃらきゃらと話題にできるのだ。

悔しい!何されてたの?本当にお尻だけ?服の上から?それとも直に触られたの?

矢継ぎ早の質問にも女は落ち着いた物腰でコーヒーを口に含んだ。

私が見た時には既に上着のボタンが幾つか外されていたわね。異常な混雑で進むことも引くこともできない状態だったから…。
うんうん、それで?
だから、ジッパーが降ろされても抵抗なんかできなかったみたい。
うわー、大胆ね。
いきなりチューブを取り出してジェルを前後に…。
やだ、それマジ?幾らなんでも気付かない?回りの人間。
ええ、少なくともずっと彼の前にいた女性は気付かなかったようね。

それだけの不信な動作が背後で為されて気付かぬ筈は無い。恐らくその女は痴漢の仲間で、騒ぐそぶりを見せたら咄嗟に振り向いて声高に痴漢と叫ぶ手筈だったのだろう。料理人の両手が塞がっていようと身形を乱された姿の異常性を先に指摘し好奇の視線を集中させてしまえば、混乱の最中だ。彼の弁解が効力を持つか疑問であるし、注意が逸れた隙に逃亡もできる。彼女は獲物の牙を封じる保険だったに違いない。
エースは思考を一旦纏めて、再び意識を場に戻した。
それにしても、語り部である女は直ぐ側で観察していたかの口ぶりだ。
彼女は悪魔の実という摩訶不思議な果実を食した事により超人的な特性を得た『能力者』である。実際に目の当たりにした事はないが離れた場所に幾本もの手を花の如く咲かせることができるのだと聞く。手が咲くのなら、眼が咲いても可笑しくはあるまい。そんな便利な能力を有しているのだから、料理人に気付かれず助け出すことも可能だったのではないだろうか。
あらゆる可能性を思い描いたところで、放っておかれるままのエースの抱く疑問が解消される事は無いのだが。

彼囲まれていたのだと思う。伸びる腕は二本どころじゃなかったもの。ベルトも外されてトラウザーズの中にまで手が…。

女の語り口に抑揚は無い。それは抵抗無くエースの耳にするりと滑り込む。
多くの卑猥な愛撫に晒される料理人を想像することも難しくは無かった。

抱えた荷物の隙間に両側から手を捻じ込まれて周囲を睨んだけど、前の女性がちょっとでも振り向く素振りを見せると途端に俯いてしまって…。

きっとあの金色の髪が、彼の苦悶の表情を綺麗に隠してしまっていた筈だ。

彼、胸も弱いのよね。
注釈はいいから続けて。

はたと視線を向けたが、相変わらず彼女達には届いていない。

指で丁寧に後ろを慣していたから、傷付けるつけるつもりはなかったようよ。強姦ではなくあくまで痴漢を楽しんでいたのね。
手馴れてる。
ええ。恐らく常習。見事な連携プレイだもの。中も外もジェル塗れになってコックさんも辛そうだったわ。
媚薬入り?定番よね。それで?
お尻の中ぐちゃぐちゃにされたコックさんに追い討ちを掛けるみたいにローターが…。
ローター?ディルドーとかでなくて?

首を傾げる少女のおもてからは純粋な疑問しか読み取れず、その異様さにエースの肌が栗立った。

−−−何だ、コイツら。

まるでポルノ雑誌の猥談をネタに面白がっているだけではないか。
本当にこの女の言っていることは真実なのだろうか。
料理人の、あの細い肉体が他者に汚されて平然としていられるか?
己ならば無理だ。相手を骨まで燃やしつくし灰にしても怒りは収まらない。
では戯事?
それにしても何故少女はこんなにも興味を示す。
話の種に種類を選ばぬと、それが女の本質と言うものなのだろうか。
だがこんな風に航海の仲間を貶めていい筈が無い。
彼のこの船にでの立場とは一体…。
先程見せた独占欲はなんだったのだ。
女の声音は無色透明であり真偽の程を掴めぬ。
わからない。
普通ではない。
彼女達は異形だ。
これは異形の戯れだ。
本当に遊びなのか?
彼は、料理人はこの二人にとって、玩具…?

ふつりと怒りが湧く。しかしエースは微動だにしなかった。
二人の織り成す語りの結末が気になったからだ。
これが虚偽ならば、料理人を攫ってニ三日お灸を据えてやればいい。
ティータイムの世間話にしては悪質すぎる。
そして真実であったならば…。
弟が何と言おうと彼をこの二人から引き離し、力ずくで奪ってくれる。
その結論はエースの精神を安定させ、膨れ上がった怒気を和らげた。
少女がカップの中身をスプーンでくるりと回した。