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市場は舗装されてなかったし、低い音は紛れてしまったわ。勿論側で聞き耳立てれば別でしょうけど…。
囲まれてたんだもんね。気付かれないか。
少女はティーカップを口許に寄せて音も無く紅茶を含み、女は肘をつきながら漁の指先を組んで尖った顎を乗せる。船窓から入る陽光の満ちた室内できらきらと塵が踊った。
暫く性感帯をじりじりと撫でながら、お尻の間を上ったり下りたりさせて。
ああー、サンジ君って尾てい骨も感じんのよね。反応良いからすぐ分かっちゃう。
呆れた風に口の端を引いた少女の仕草は何とも皮肉気で、若く瑞々しい容貌を裏切り達観した場末の娼婦を思わせた。
充分な光源が確保されているにも関わらず、何故か閉塞した気配が此処にはある。そう感じているのは恐らくはエースのみで、其れは隔絶された女達の会話を盗み聞く背徳感によるものだろう。同じ空間に居ながら、エースは存在しないのだ。それ程に女達は淫猥な会話を自然体で楽しんでいた。
一通り色んなところを弄られて、会陰部を強く攻められた時に耐え切れずいってしまって、これが一回目。
おいおい、一回目って。
彼、魅力的だから。
…納得。続けて?
両脇を固めていた男二人が流石にちょっと腰の砕けたコックさんを支えたのね。
ふんふん。
これって立っていられなくなっても続けるって意味じゃない?
うん。
最後の遣り取りに欲が反応するのを感じ、エースは知られぬようそっと鼻から呼気を抜いた。
絶頂を迎えても解放されぬと知った時、料理人はどんな表情を見せただろう。
悔しかったろう。
けれど、そこに僅かでも絶望が滲んでいたら。
エースは瞬時に想像を打ち消した。これ以上熱が篭れば肉体が著しく反応してしまう。
最早凝り固まっただけの笑みを貼り付けて、異形の女達を眺めた。
流石に彼も焦ったみたいだけど、前の女性に萎縮してやっぱり口をつぐんでしまってされるがまま。胸は常に弄られてるし、陰茎も先端や裏筋にそれだけではイけない位の刺激でローターを当て続けられていたのよ。会陰部に残した一つをトラウザースの上から時折持ち上げるように押さえ込まれ、その度にコックさんたら可哀相な位に震えて、堪らなかったわ。
女は長い睫をそっと下ろし、陶酔の表情を作った。
流石に泣いてたでしょ、サンジ君。
少女の瞳も驚くほどの色香を放って濡れていた。気だるげに頬杖を付き女に続きを促す。
事後の褥の如きぬとりとした湿度がラウンジに満ちた。
ええ。声を上げることはなかったけれど、涙は止められないものね。お尻の入り口を強弱付けて焦らされてる時に二度目を向かえて、余りに短時間だったせいかしら。今度こそ足が崩れたのだけれど、両手に抱えた包みは落とさなかったの。強情よね。
うん。そういうとこ、大好き。
引き摺るように立たされながら、今度こそ器具を中に押し込まれて、もう見ている方はやっと?って感じよ。
私は好きだけど。そういうねちっこいの。
しつこすぎるわ。コックさんは人一倍感じ易いのだから持たないじゃない。
んー、まぁねぇ…。あー、私もサンジ君の中弄りたくなってきた。
細い指先がカップの淵をなぞる。
台詞のせいか、その動きが実に厭らしくエースの目に映った。
まるで普段から二人が料理人を嬲っている口ぶりであるが、それを問い質すのは後で良い。
指もずっと入りっぱなしだったから、奥や前立腺を刺激し続けていたのでしょうね。その内コックさんの体、ドライで五秒と経たずいくようになってしまって、ああなってしまうととてもじゃないけれど痴漢どころじゃないわ。
いつものサンジ君ならとっくに可愛い声あげてる筈なのに、それを抑えてたんだから正気も失くすわよねぇ。
もう流石に不味いでしょう。連中も馬鹿だわ。程々にすればお楽しみの範疇だったのに。
程々の基準を教えて貰いたいものだ。
ちょっと遣り過ぎよね。まぁ、そこらの人間がサンジ君に触れて途中で止められるとは思わないけどさ。で?
ふらふら歩いてる剣士さんを見つけたから、捕まえて案内してあげたの。
げ。
コックさんの方は彼に任せたわ。
連中は?
剣士さんが到着する前に腕を捻って脅かしてやったから直ぐに逃げたわよ。
だから騒ぎにならなかったのね。グッジョブ、ロビン。後始末もちゃんとしたんでしょうね。
勿論。
すうと細めた瞳で女が艶やかに笑う。
全員、生きたまま捻じり潰してやったわ。
ご苦労様と少女が労いの言葉を掛けた瞬間に、場を埋め尽くしていた生ぬるい空気が晴れるのを感じた。
しかし清涼感は全く湧かずエースの強張りが解ける事はない。
張り付いたままの笑顔で見据えていた矢先、二人の視線がすっと此方を向いたので、僅かに首を傾げて反応を待った。
表情の抜けた女達は矢張り異形だ。
硬質な気配がエースを圧迫した。まるで透明なプラスチックのケースに閉じ込められて、少しずつ空気を抜かれてゆくようだ。
サンジ君は宝物なの。
同じ異空間に閉じ込められている筈の陶器人形が空気の薄さなどまるで感じぬ様子で喋っている。
私達の宝物よ。そしてコックさんにとっての私達も同じ。
半月に眼を細めた黒髪の人形もまた、陶磁の口から言葉を繰り出す。
全員同じ。同じだけ愛されてるの。だから、私にもロビンにも同じように身体を開いてくれるわ。
この船の誰が望んでも彼は与えてくれるけれど、たった一人、は無いのよ。
皆を愛してるから。私達の誰か一人が欲を突き立てればきっと彼を切り裂いてしまう。この意味わかる?
なかなかどうして。
先程無邪気な仕草を見せた少女の瞳にも、組織潰しを生業とする女に引けを取らぬ陰が宿っているではないか。
全く見掛けを裏切ってくれる。
弟は好んでそのようにな人間を集めているのではないだろうかと勘繰りたくなる。
見当違いの答えなど返そうものなら、本当にこの船に立ち入ることを禁止されそうだった。
それこそ、どんな邪魔をされるか知れたものではない。
なのでエースも一応の整理を試みた。
女達は料理人の乱れようを知っていた。
少女は恐らく日常的に彼の内部に指を埋めている。
女もまた同じ触れ方をしているのだろう。
誰が望んでも与えるのならば、あの剣士にも。
弟もまた得ているのかもしれない。
『そこらの人間がサンジ君に触れて途中で止められるとは思わないけどさ』
そこらの人間という差別意識から察するに、彼女達が意図的に行為を寸断していると考えられるが…。
そうする必要性が何処にあるのだろうか。
まさかまだ彼の内部を…。
本来の快楽を肉の交わりという最終的な手段で体感した者はいない?
何故?
『ルフィのお兄様でも、分けてはあげられないの』
『私、コックさんが部外者にそういう眼で見られるの、嫌いなの』
何故互いに彼の共有を許している?
誰も本当の交わりを知らぬから?
其れゆえ危うい均整を保っていられるのか。
仲間を出し抜き突出したとしても、
『この船の誰が望んでも彼は与えてくれる』
特別が許されぬのならば。
−−−全員、生きたまま捻じり潰してやったわ
−−−ご苦労様
彼女達の抱く慾は深く、これだけの闇を孕んでいるのだ。
均整は必ずや破綻し、破滅を招くだろう。それを一番嘆くのは他でもない…。
順を追い物事の理解を深めたとて始めから出ている答えは変わらぬ。
それでも意識せねば見えぬ事柄は幾つもあり、それらを明確にしておくことは何時かの折に役立つかもしれない。
今まで世界の海を渡り歩く生き方故に淡い憧れを陸の女に抱くことは何度かあったし、偶然かちあった航路で一戦交えた女海賊と閨の駆け引きを楽しんだこともあった。
だがそれらはどれも『終わりを前提とした』交わりであった。
二度と会う事はない。少なくとも、自分から望んで脚を向けることはないだろう。
だから、互いを取り巻く環境を考慮する必要などなかった。
だが、今回ばかりは安穏とはしていられぬ。
この女達を、あの剣士を、そして弟を理解しなければ。
あの料理人は手に入らない。
一目惚れの威力とはかくも絶大なものか…。
エースは己の心の深く、未開のまま残されていた其処にかの姿が宿ったことを感じていた。
だからこそ、望むところ、と言える。
何となく、ね。…だけど、
エースは雀斑のおもてに一層の笑みを乗せ答えた。
承知の上で俺はそのたった一人になりたいね。
例え破滅の使者となろうとも。
刃と化した二人の視線を一身に受けながら、エースは只々束縛し合う者達の中心に立つかの存在を想う。
最早彼女達を異形とは考えぬ。
彼に触れることで背負うものをエースに突きつける為に…。今まで紡がれた物語は全て真実だったのだろう。
そして、それでも彼を欲しいと願い、エースは張り詰めたバランスの糸に身を投じてしまったのだ。