朝目覚めると、トウヤが蛹になっていた。
体長は10cm程度。棺の中の死者みたいに腕を交差させ、胸から下は黄蘗色の殻に覆われている。随分とミニチュアサイズになってしまっていたが、背中を覆う殻の延長を除けば、艶やかな黒髪も浮いた鎖骨の華奢な線も俺の良く知る彼と違いは無かった。

「何だよ、コレ。どうしたんだ?」
「さぁ…。目が覚めたらこうなってた」

当の本人は別段ショックを受けている風でもなく、いつもの小首を傾げる仕草を見せる。
俺はまじまじと観察してみた。
小さなトウヤはヘッドボードの支柱に繊細な帯糸でくっついていた。胸を反らせた窮屈そうな姿は帯蛹と呼ばれる蛹の状態にそっくりだ。ただ、唇が充血したみたいに赤く、それがちらちらと目に入る。

「…大丈夫か?苦しくは無いか?」

眉を潜めて尋ねると、小さな顔が綻んで平気と答えた。

「何、嬉しそうな顔してんだよ」
「だって、ソルが大きい」

脱力した。トウヤは独特な思考回路を持っている。時にはへとへとになる位振り回されることもあるんだ。
溜め息をついて、さてどうしようと胡坐をかいた。
理由はわからないが、トウヤは蛹になってしまった。
蛹になったら、次は羽化だろう。
一体自分は何をしてやれば良いのだろうか。

「取り敢えず、さ。何かして欲しいこととか無いか?喰いたいもんとか」

ちょっと考えた後、トウヤはふるふると首を振った。

「喉も渇いて無いのか?」
「うん、特に。殻の中に液体が入ってるから、それのお陰かもね」
「へぇ…」

俺はトウヤの指摘した殻の内部に興味をそそられ、人差し指で腹の位置をそっと押してみた。
吸い込まれるように密着した指の腹が柔らかな殻を難なくしならせる。薄皮一枚の儚い感触に俺は無意味な興奮を覚えた。
初めて羽虫の幼虫を見つけた時みたいに何度も何度も繰り返してみる。
ひしゃげて傷ついてしまいそうな殻を、そうならないようにできるだけ優しく。

「…ん」

ふいに小さな吐息が漏れるのが聞こえて、慌てて指を引っ込めた。

「悪い、痛かったか?」
「ううん。変な感じがしただけ。何だか…」

言いかけた言葉を噤んだトウヤの頬は薄っすらと染まっていて、その様子が長い口付けから開放された時の物に似ていると気付く。

「“あの時”に触られているみたい?」

答えはなかったが、俯き切なく眉を寄せるその顔が適切であったことを伝えてくれる。
人と昆虫を融合させた奇怪な姿をしているのに、扇情的な彼特有の魅力は少しも損なわれていなくて、今度は俺の方が困ってしまった。

物凄くそそられる。

それに、ほんのりと良い匂いが漂っていて、触れた指先を鼻に持ってくれば、やさりそこからも芳しき香りが俺の鼻腔を刺激した。
香水よりも、ずっと生々しくて官能的な匂い。
視覚でも、触覚でも、嗅覚でも煽られて、自分がどうにかなってしまうんじゃないかと思う。
こんなに体型の差があってはどうしようも無いのに。
触れることしかできない。

「腕…どけてみろよ」

言葉に吐き出す息が混じって、高揚する自分を強く認識した。
そろそろと下がる細い腕の衣を無くしたなだらかな胸が、飾り窓から差し込む朝日に照らされ白く滲む。その様が何とも幻想的で、益々俺の思考能力は低下してしまって。
Vの字に裂けた殻から生える胴の上部、脇を包む殻の側には、二つの突起が当たり前に色付き存在していた。
無意識の内に唇を寄せる。
強くなった芳香に意識すら飛んでしまいそうになる。
勿論ピンポイントなんて無理だけれど、上唇の先端に極小の感触だけは感じ取れた。
一つ二つとキスを降らせる唇の形をなぞる手の平は、シオンが時々届けてくれる『米』の粒よりも小さく、まるで虫が這っているようだ。
ふっと吹き出すと、トウヤの息を呑む気配があった。

「裸でクーラーの温風を浴びてるみたいだ」

俺の鼻頭にもたれ掛かり、羽毛が翳めたのではと思わせる口付けをくれた。
聞き慣れない単語が混じっていたが、特に気を留めることなく俺も唇の辺りにキスを送る。

早く、次の形態を見てみたい。

朝飯の時間も忘れ、ベッドに腹這いになってトウヤを見上げた。
先程と同じに腕を戻したトウヤも穏やかな表情で俺を見下ろしてくれている。
何だかとても幸福だ。
トウヤが人の形でなくなって、俺はこんなにも所有欲を満たされている。

俺が見つけた、
俺だけの生き物。

この可愛らしい蛹がどれ程立派に成長するのか、想像するだけで頬が緩んだ。