「自分でしてみせてくれよ」


「いいよ」



全裸の少年は微塵の戸惑いもなく、垂れ下がった色の薄い自身に右手を添えてゆるりと動かし始めた。
吊り上げた口角のままに小さく息を吐き、にやつきを貼り付けた顔で少年は自慰を進める。

ソルは椅子に腰掛けたままなるべくつまらなそうな顔を作り、目の前のベッドにこちらも腰掛けた形で大きく脚を開く少年を観察した。

所々黒髪がはみ出す乱雑な巻き方の包帯に右目を覆われた少年は満身創痍だ。胸部を痛めているのか、ぐるぐると白く覆う包帯はそこだけで見れば大袈裟に映るが、首にも左上腕にも両手首にも、両の脚だって同様に幾箇所も締め付けられていて、最早それらはこの少年に唯一許された衣装なのではないかと思えてくる。実際、彼に与えられた個室にソルがもぐりこんだ時から、少年は変わらぬ姿でシーツの上に横たわっていたのだ。
彼の<飼い主>がそこにいる訳でも無いのに。命ぜられずとも何時でも身体を開けるようにと<調教>された結果なのだろう。

こんなキチガイじみた少年を飼い慣らしているのが血の繋がった実の父親である事実に、ソルはさして感慨を覚えるでもなく。

ただ、熱心な教徒が神よ仏よと跪くのと同等の忠誠心を己に植え付けた父親が、通い詰めては熱心に躾ける愛玩獣の顔を見てみたかった。そうして見下して踏みつけてやれば、『見捨てられた』自分の惨めさが少しは和らぐのではないかと期待したのだ。

濡れた音が厭らしく響く。少年は時折大腿を痙攣させながら、湿度の増した身体を捩らせる。
赤い舌がちらちらと覗いて、「んっ」鋭く息を呑んだ。それでも笑っている。
少年はいつだって白々しい笑みを浮かべていた。この屋敷に連れてこられた日に廊下で擦れ違ったそんな些細な場面ですら。
当初ソルにはそれが作り物の表情なのか、それとも吊り上った口角が単にそういう作りであったのかを判断出来なかったが、こうして実際に相対してみて確信を得た。
完全に前者だ。
どれだけ不躾に眺め回そうとも小馬鹿にした台詞で怒りを煽ろうとも、一辺倒のにやにや笑いを崩そうとせず、それ以外の表情を全く見せようとはしない。少年はこの薄気味の悪い<無表情>を決め込んでいるのだ。
どこまでも歪んでいる。

父上はこんなものを愛でて悦に入っているのか。
笑い話にもならない。そんな男を崇めて今まで生きてきたなどと。
…余りにも俺が哀れだ。

笑い出したい衝動にソルは口を歪めた。


快楽に直結する部分を擦りつける手の動きは些か乱暴な程だった。
加減の感じられない手の動きを見せ付ける少年の整った白い顔が、その眉間が僅かに皺寄り、俯く瞳に睫が影を落としている。

「…んっ」

人前で己を嬲る同性の姿は滑稽だとソルは思う。
痩せぎすな肢体は両性具有の雰囲気も持ち合わせていたけれど、それでも棒を扱く動きは愚かしく、冷めた視線を投げつけた。そう意識することで己の性癖が正常であることを無意識に確かめようとしていることにソルは気付かない。

「みっともないよな。恥ずかしいとか思わない訳?」

「この程度を恥じる神経ならとっくに捨てたよ。でなけりゃ、生きてないさ。舌噛み切って死んでる」

上がる呼吸に翻弄されるでもないはっきりとした声に、ソルは憮然と眉を顰めた。
自分でしているからなのか、随分と余裕な感じだったのが癪に障った。

息遣いが深くなり、細い指は白く濁り始めた体液で滑るように上下する。腰を突き出し胸を逸らした状態で少年の身体がぶるりと痙攣した。

到達の瞬間、初めて少年の顔から笑みが消えた。歯を食い縛って喘ぎを殺した、泣き叫ぶ直前を連想させる表情に、ソルは瞬きで反応する。
その顔はイイと思った。
少なくとも、あの気味の悪い薄笑いよりは。

しかし、意識の途切れは一瞬で、少年の生白い顔は再び元の様相を取り戻してしまった。
ソルはそのことに不機嫌になる己を理解し、表層と内層の落差への落胆を自覚した。
その取って付けた笑みが気に入らない。それさえなければ性玩具にされているこの獣を哀み許せるのに。

気に喰わない。
気色悪い。
その<無表情>が。

しかし、それはこの少年にとって防衛手段の一つであったのかもしれない。

少年の黒い瞳の片方は此処に連れて来られた時には既に潰されていた。



少年は元々、<青の派閥>の失脚した幹部が違法に所有していたペットだったらしい。それをソルの父親が裏の取引で手に入れこの屋敷に連れ帰って来たのだ。
少年は元幹部が失脚と同時に派閥に回収された個人財産の一つで、派閥はその存在自体が問題であると判断したものを裏の業者や組織に安値で売り飛ばして証拠隠滅を図ることがある。
本来<召喚獣>も<召喚石>も召喚師機構の規則によって厳重に管理されているものだ。しかし、少年のような記録にない獣を虐待し、或いは劣悪な環境で労働させる召喚師は後を断たない。保身と自尊心の擁護に全力を注いでいる派閥が(派閥には大きく分けて青と金の二つがあるが、潔癖を誇示する青の派閥はこの手の汚濁により敏感だ)それを問題視するどころか見ぬフリをし、且つ隠匿するのは脈々と受け継がれた儀礼のようなものだ。
大きくなり過ぎた組織は小回りが利かない。個々の意識は黙殺されて流れを乱そうものなら弾き出される。それはソルやその父親の属する秘密裏の組織<無色の派閥>でも言えることだった。



「さて、次は何をしようか」

自慰の余韻など全く残さない面持ちの少年がひょいと身を乗り出してきた。咄嗟にその台詞の意味を理解できず「は?」と間抜けに聞き返してしまう。

「え…次?」

「そうだよ、次」

腰を折り、胸元に膝を着ける形でソルは顔を覗き込まれる。長い腕が絨毯に着きそうな程に下ろされて足首の前で両指をゆるく絡め合った。
見上げる片方しか無い瞳。

「まさか君、観てるだけが良いの?じゃあ、バイブとか使ってもう一度しようか?」

そこに嘲りが含まれているように思えてソルは顔色を変えた。

「俺はそんな変態じゃない!」

荒げた声のままに立ち上がる。その勢いで倒れかけた椅子が絨毯の上を小躍りした。
しかし、その瞬間に窮屈な下半身の感触に息を止め、少年から目を逸らし唇を噛むこととなった。
いきり立つとまでは行かないものの、ソルの股間は異常な性の遊戯に少なからず兆し始めてしまっていたのだ。

負け惜しみのように、それでも心中で罵倒した。
馬鹿にするな。獣のくせに。ペットで人間以下のくせにと。

「ふーん」

面白そうに、少年は下ろしていた十の指先を口許で合わせてソルの股間を見る。相変わらずの薄笑いで今度は彼がソルを眺め回した。






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