今にも大地に衝突せんとしているような大きな満月を背負ってオルドレイクは儀式場に立つ。
巨大な魔方陣の中央でただ一人、世界を変える大仕事を成し遂げようとしていた。
儀式の要となる<魅魔の宝玉>を祭壇に据え、根性で暗記した呪文の詠唱を始める。元々青の派閥の所有物だったその宝物は、過ぎる程に姑息に逞しく育った子供等が幹部の弱味を握り持ち出させた物らしい。セルボルト家の金庫に納まった後も子供等によって何度も売り飛ばされそうになりながら、オルドレイクがこの日の為に守り通してきた物でもある。
祭壇の設置や雑用に雇っていたアルバイト達は早々に引き上げてしまい、儀式場は至って静かなものだった。執事が米粒ほどにしか見えない遠方で事態を見守っているのみだ。
その静けさも当然と言えば当然のもの。大規模な儀式場を召喚師組合の許可無しに無断で設営したのである。普通ならば現場監督に許可証を提示するところを金に色を付けて作業員共々丸め込んだのだ。とばっちりを喰らう前に退散していったアルバイト達は正しくは無いが間違ってもいないというところだ。

「ふぉぉぉー!!高まれ我が剣、朱闘羅刀よー!!」

最近読み返した漫画(次男のお古)に影響されている様子のオルドレイクは数値が低いながらも高まる魔力に興奮し、高々と手にした宝剣を天高く突き出した。
掲げられた剣は化石の如き地味な様相の<サモナイトソード>と呼ばれる亡き妻ツエリーヌの形見である。
それもツエリーヌがどこからか無理矢理引き抜いてきた鍛冶職人を極限状態で監禁し、鞭打ちながら作らせた、殆ど呪いに近い念の篭ったいわくつきの代物だ。
熱を孕み脈打ち始めた剣は宝玉と共鳴し、大地を振動させ暗雲を呼び集めた。流石一流の鍛冶職人の汗と血と涙の結晶である。どこからともなく男の唸り声が聞こえてくるようだ。

おおお!いける!いけるぞぉぉぉ!!

オルドレイクは荒れ狂う大気に儀式の成功を確信した。
そして生まれた余裕の合間にどうでも良いことを考える。

流石、セルボルト家前当主ツエリーヌの血を最も色濃く継いだ娘クラレットの方角占い!何もかも絶好調だ!
しかし、私だけで何とかなるなら、頑張って子供四人も作ることなかったんじゃ。
いやしかし、愛しのカシスは末っ子!やはり結果オーライ!万事オーケー!!
待っていろ、カシスよ!父は立派になって帰るぞ!!!

集まり、凝縮し、膨張した禍々しい瘴気を纏い儀式は終焉へとひた走る。

さぁ来い魔王よ!

その時、暗雲立ち込めていた空がぱかりと割れて、凄まじい光量の柱がオルドレイクを貫いた。

うぉぉぉぉぉ!カシスーーー!!!

取りあえずヒーローばりに叫んでみたが、想像を絶するエネルギーに顔が変形する程なぶられたので、まともな言葉どころか声になっていたかすらも謎だ。
脳震盪を起こし白む視界の向こうで愛娘カシスが笑っていた。














………

………………

…の

………………………
………………………………………………

…あの…

…………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………

もしもし?…

……………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………はっ



「あの、もしもし。大丈夫ですか?」



ガバリ!

と、起き上がることも出来ずにオルドレイクは「うう」と一つ返事を返した。
痛む全身。何とか瞼を半分だけ開いてみれば、横に生えた形で人間らしき物がこちらの様子を伺っている。
少年のようだ。黒髪に黒い瞳の整った顔がきょとんとしている。
ぺたりと座り込んだ姿も愛らしく、オルドレイク的にちょこっと萌えた。

予定ではオルドレイク自身に魔王を乗り移らせる手筈だったのだが、何者かが内に入り込んだ気配は無いし、それらしきものがそこらに徘徊してる様子も無かった。
もしかして、失敗したのか?
それとも唯一の変化である、目の前に現れたこの可愛らしい仕草を見せる少年が魔王なのだろうか?
いやしかし、だとすれば何とも心許ない。黒衣の上下を身に着けた手足は細長く、そんな無防備でひ弱そうな姿では、どこぞの変態召喚師に逆に美味しくいただかれてしまいそうではないか。

いかん。いかんぞ。それでは世界征服の野望が…

最後の貯えをはたいて行った儀式だというのに、それではあんまりだ。

横から生えた少年は、事態を飲み込めない様子できょろきょろと辺りを見回している。
単に自身が地面に倒れこんで横から眺めているだけだと気付く間も無く、オルドレイクは再び失神した。






                                           next