不吉な影を落とす深い森。魔の使いと忌み嫌われる黒々とした野鳥が時折金切り声を上げる以外は、生き物の気配など殆どない。湿った地面は乾くことなく、人の歩く地面が辛うじて顔を覗かせている。
そんな不気味な世界を足早に歩く一人の少年がいた。
上半身は外套にすっぽりと覆われていたが、首から上はフードが外され、気ままに跳ね上がる茶色の髪と、良く日に焼けた肌が薄暗い景色に異質な色を添えている。
少しいかり肩で風を切る如く歩く少年は小柄だが、足取りは力強く何より気力と生命力に満ち溢れていた。

「ああっ!畜生!何で召喚師は大会に参加できねぇんだよ!良いじゃねぇか、格闘技の方が得意な召喚師だっているんだから!!開催委員会の奴等、大体が頭固くて古臭ぇんだよっ。もっと自由に生きろよ、自由に!参加資格に規制を設けるなんて世界一強い奴を決める趣旨に反するだろうが!畜生っ、今度もまた観戦するだけだったぜ!それにしても、今年のチャンピオンは運が良かっただけだな。俺だったらあの壁際に追い詰められた時、すかさず卍蹴りで意表をついて怯んだ隙にめい一杯打撃を…」

…溢れ過ぎていた。

何やら酷く興奮しているようだ。
布袋を幾つもぶら下げた両手を幾度も突き出し、何も無い空間を無駄に殴りつけている。
脚は軽やかなフットワークで進み、時折軽く蹴り上げたりなどもしていた。
背にしょったリュックも筒状に丸けられた紙(大判のポスターに見える)が突き出し、丸々ぱんぱんに膨れ上がっているというのにだ。しかも、右手には一升瓶を器用に包んだ布が握られ、かなりの重量を想像させるのだが。

そんな時、道の両脇の陰に少年の様子を伺う影が現れた。数は五・六。それらが歩調に合わせてこそりこそりと付いてくるのに少年は気付いていないようだ。
あいも変わらずジャブジャブフックと繰り返す少年を見据える一対の両目がきらりと光った。

「ぐおおおおお!!!」

突然茂みを飛び越え、この森一帯の獣を束ねるはぐれ召喚獣(二本足)の一派が現れた!!

「ぎゃおおおおおお!!!」

山吹色の固い表皮と象牙色の部分を持つ(表皮の感じだけで言えば、カエルやイモリに近い)生き物が獣らしい雄叫びを上げながら、一気に少年に襲い掛かる!!

どがっばかっばきっずごっどしゃっ

「きゃいんっ」

その鋭い爪と牙で少年の身体が引き裂かれるであろう瞬間、少年ではなく六体の内の五体の獣が非常に可愛らしい悲鳴をあげて、地面に倒れ付した。
一体何が起こったのかわからぬ様子で半ば意識を手放しかける獣達は、何事も無かったかの様に突き進む少年を只々眺めて送ることしかできない。

「ひゃんっ」

しかもその内の一体は、前方に投げ飛ばされた後に堂々と踏まれて失神した。
おおぅっと仲間の一匹が痛ましげに呻く。
その時、五体満足で残った一体が少年の前に躍り出た。

「みゃぎぃぎゃぎゃげ!!」

「何言ってんのかわかんね」

種族の違いから人語に適さない声帯で一生懸命に声を張り上げる獣を少年はあっさりと一蹴した。

「ぎゅぐぎゃぎぎゃ!ぎぎゃぎゃ、ぎょぅぎょぎゅぐぎょぐがげぇっぎゃい゛ぎぎゅぐぎゃんご!!!がぎゅぎょぎぎょ!!!」

「がっぎょぐぎぇいぎ、ぎょぎょうがぎにゃ!!」

「うるせぇ!!!」

リーダー各と思わしき獣の酷い獣なまりの台詞に賛同した雑魚共を少年が荒々しく一喝した。
情けなくもきゅんと鼻を鳴らして怯える中間達にちっと舌を鳴らした一際体格の良い獣は少年に指を突き付け何事か吼える。

「ぎょぐぎょごぎょぎぃぇっばぐぎょぎゅげげぎゃぎゅ!」

直訳するとこうである。

『きょうこそけっちゃくをつけてやる!』

「だから!何言ってんのかわかんねっつーの!いっぺん人語教室通ってから来やがれ、この低能!無能!単細胞!」

しかし、獣との意思の疎通を苦手とする少年には、その酷いなまりでは全く意味が通じなかった。
しかもこうして対峙するのは初めてではないらしい。

「みょうごぅみゅぎょお!(問答無用!)」

そして獣の方にも少年の言葉全ては通じていないようで、見るからに乱暴そうなこの生き物が「低能」やら「無能」やらの単語を理解できていれば、その怒りはこんなものではないだろう。少年の吐き捨てる言い草に侮辱を感じ取った獣は、それをばねに轟くほどの咆哮を上げた。

「ぐぉああああああああ!!!」

召喚獣のずば抜けた身体能力で突進してくる獣を、両手の荷物を投げ捨てた少年が格闘技の基本的な構えの姿勢で待ち受ける。

「丁度良い。俺も一汗流してぇって思ってたとこなんだよ」

少年の大きな両目の中心で、鷲色の瞳が危険な光を放った。









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